SEのための思考のバグを修正する技術:認知の歪みを理解しレジリエンスを高める
はじめに
システムエンジニアの仕事は、日々変化する技術への対応、厳しい納期、予期せぬトラブル対応など、予測不能な要素が多く含まれます。長時間労働やプロジェクトの変更が重なると、心身に大きな負担がかかり、ストレスや疲労が蓄積しやすくなります。このような状況で心折れることなく、しなやかに適応していくためには、「レジリエンス」、つまり心の回復力や適応力を高めることが不可欠です。
レジリエンスを高めるアプローチは多岐にわたりますが、自身の「思考パターン」に目を向けることは非常に効果的です。特に、困難な状況下で無意識のうちに陥りがちな「認知の歪み」を理解し、適切に対処する技術は、心の安定とレジリエンス強化に繋がります。
この記事では、システムエンジニアが経験しやすい状況と関連付けながら、代表的な「認知の歪み」をいくつか紹介し、それらに対処するための具体的で実践的な方法を解説します。自身の思考パターンを理解し、「思考のバグ」を修正することで、変化に強いしなやかな心を育みましょう。
認知の歪みとは何か
認知の歪みとは、現実を客観的かつ合理的に捉えるのではなく、特定の偏った見方や解釈をしてしまう思考パターンのことです。これは、困難やストレスに直面した際に、物事をより悪く捉えたり、自分を過度に責めたりする原因となります。
システムエンジニアの仕事においては、
- 完璧なコードを書けなかった場合に「自分は能力がない」と思い込む(全か無かの思考)
- レビューで一部修正を指摘されただけで「自分の書いたコードは全てダメだ」と捉える(心のフィルター)
- プロジェクトの遅延があった場合に「全て自分の責任だ」と結論づける(個人化)
といった形で現れることがあります。これらの歪んだ認知は、ストレスを増大させ、問題解決能力を低下させ、レジリエンスを損なう可能性があります。
システムエンジニアが陥りやすい代表的な認知の歪みとその修正法
ここでは、システムエンジニアの業務に関連しやすい代表的な認知の歪みをいくつか取り上げ、それぞれの「思考のバグ」を見つけ、修正するための具体的なアプローチを紹介します。
1. 全か無かの思考(白黒思考)
物事を中間なく、「完璧か失敗か」「成功か挫折か」のように両極端で捉える思考パターンです。
- SEの例: 「このコードにバグが一つでもあれば、私の仕事は全く価値がない」「プロジェクトが計画通りに進まなければ、全て失敗だ」
- なぜレジリエンスを妨げるか: 少しの不備や遅延に対しても自分を全否定してしまい、立ち直りが困難になります。完璧でないと受け入れられないため、挑戦を避けるようにもなります。
- 修正法(思考のデバッグ):
- 「本当にそうか?」と問いかける: 物事を白黒ではなく、グラデーションで考えるように意識します。「完璧ではなかったけれど、うまくいった部分もあるのではないか?」「完全に失敗ではなく、改善点は何か?」と考えます。
- 中間の可能性を探る: 失敗と成功の間には、学び、経験、部分的な成果など、様々な状態があることを認識します。
2. 心のフィルター
ポジティブな情報や側面を無視し、ネガティブな側面にばかり焦点を当てる思考パターンです。
- SEの例: 10件の良好な評価と1件の批判的なレビューがあった場合に、その批判的なレビューのことばかり考えて落ち込む。プロジェクトで多くの成果を出したにも関わらず、たった一つの小さな課題だけを気にする。
- なぜレジリエンスを妨げるか: 成功や良い側面を見落とすため、達成感や自信が得られず、自己肯定感が低下します。常に悪い面にばかり目が行くため、ストレスや不安が増大します。
- 修正法(思考のデバッグ):
- ポジティブな面に意識的に目を向ける: 一日の終わりに、うまくいったこと、感謝できること、自分の良かった点などを3つ書き出す習慣をつけます。(サンクスギビング)
- 全体像を捉える努力をする: 問題点だけでなく、それ以外の多くの側面(うまくいっている部分、協力的なチームメンバー、過去の成功体験など)にも目を向け、状況をよりバランス良く評価します。
3. 結論の飛躍
根拠が不十分であるにも関わらず、否定的な結論に飛びつく思考パターンです。「心の読みすぎ」と「先読みの誤り」の二種類があります。
- SEの例: 上司に話しかけられなかっただけで「自分は嫌われている」と思い込む(心の読みすぎ)。「この新しい技術を習得できないだろう」と、挑戦する前から失敗を確信する(先読みの誤り)。
- なぜレジリエンスを妨げるか: 実際には起こらないかもしれない悪い結果を予期したり、他者の意図をネガティブに推測したりするため、不安や恐れが強くなり、行動が制限されます。
- 修正法(思考のデバッグ):
- 「その結論に至る証拠は何か?」と自問する: 自分の推測が、客観的な事実に基づいているかを冷静に検証します。他に可能性はないかを探ります。
- 最悪の事態と、そうでない可能性を書き出す: 自分が恐れている最悪のシナリオを具体的に書き出し、それが起こる確率や、もし起こった場合の対処法を考えます。同時に、それ以外の起こりうる可能性もリストアップします。
4. すべき思考(should be思考)
自分自身や他者に対して、「〜すべき」「〜ねばならない」といった rigid(硬直した)なルールを課す思考パターンです。
- SEの例: 「システムエンジニアたるもの、常に最新技術を全て把握しているべきだ」「どんなに長時間になっても、プロジェクトのためなら働くべきだ」「一度引き受けた仕事は、絶対に完璧にやり遂げねばならない」
- なぜレジリエンスを妨げるか: このルールから少しでも外れると、自分を責めたり、罪悪感を感じたりします。他者にこのルールを当てはめると、怒りや失望を感じやすくなります。現実には「〜すべき」通りにいかないことが多いため、ストレスや不満が常に伴います。
- 修正法(思考のデバッグ):
- 「〜すべき」を「〜できたらいいな」「〜したい」に変えてみる: 硬直したルールを、より柔軟な願望や目標として捉え直します。
- その「すべき」は本当に必要か、現実的かを検討する: その思考が自分自身や状況に合っているか、非現実的な期待になっていないかを冷静に評価します。
まとめ:思考のバグ修正は日々の実践から
認知の歪みは誰にでもあるもので、システムエンジニアのように高度な集中力と論理的思考を求められる仕事では、特定の思考パターンに偏りやすい側面もあるかもしれません。重要なのは、これらの「思考のバグ」が存在することに気づき、意図的に修正を試みることです。
今回紹介したような思考のデバッグは、休憩時間や通勤中といった短時間でも実践できます。困難な状況に直面した際に、自分の頭の中でどのような思考が巡っているかに意識を向け、「これは認知の歪みかもしれない」と気づくことから始めてみてください。そして、「本当にそうか?」「別の見方はできないか?」と問いかけ、より現実的でバランスの取れた思考へと修正する練習を重ねることで、心の負担は軽減され、変化への適応力、すなわちレジリエンスは着実に強化されていくでしょう。
日々の小さな実践が、変化に負けないしなやかな心を育む土台となります。自身の思考パターンと向き合い、レジリエンスを高め、心身ともに健康な状態でキャリアを継続していきましょう。